開運研究所

運気の向上を追求。

マーフィーの法則による開運

マーフィーの法則というのが一時期流行りました。今でも熱烈なファンがいるようです。
理想の状態を思い描き、それが必ず実現するのだと夜昼となく念じ続ければ、それが潜在意識に刷り込まれ潜在意識の力によって実現するのだそうです。
これは、言ってみれば科学の発達により神を信じにくくなった現代に登場した新しい宗教です。新しいといっても、死にかけの神に”潜在意識の活用”といった”科学”の仮面を被せて復活させただけのことだとですが。
超越的な力を持つ神に祈れば、神が苦しみや不幸を解決してくれ願望を叶えてくれる、ということから、超越的な力を持つ潜在意識なるものに理想の状態を刷り込めば、潜在意識が苦しみや不幸を解決してくれ願望を叶えてくれるということになっただけで、本質は宗教、信仰であることに変わりはありません。依存の対象が変わっただけです。
潜在意識というと心理学のようですが、心理学では潜在意識の影響というのは必ずその人にとって都合の悪い嫌なもので、言ってみれば、その人が願う理想の状態の実現を頓挫させようとするものです。
その人にとって都合の悪い嫌なこと、苦痛なことから目を逸らせば、それは潜在意識へと追いやられます。
心理学の用語で言えば、顕在意識(=自我)の中にあった或る認識を自我領域から追い出し、無意識の領域へと抑圧する、ということになります。
マーフィーの法則というのは、それ(その人にとって都合の悪いこと、嫌なこと、苦痛なことから目を逸すこと)を薦めているので、実践すればするほど事態は悪化していきます。潜在意識に刷り込まれるのは、その人にとって都合の悪いことだからです。
そもそも自覚できているということは、自我の領域内にあるからであって、決して潜在意識などではないのです。自覚が出来ないからこその潜在意識であり無意識なのです。
なので、理想の状態をいくら強く思い描いても、それは自我の領域内のことであって潜在意識などは関係しません。
理想の状態が必ず実現するのだと強く思い描けば思い描くほど、というか、その実現に障害となる、或いは実現が不可能であるといった不都合な要因から目を逸らせば逸らすほど、不都合な要因の方が潜在意識(の領域)に刷り込まれる(追いやられる)ことになります。そして、目を逸らしたからといって、その要因が消えてなくなるわけではなく、ただ、自我の視野の範囲内から消えたというだけで、視野の範囲外(無意識、潜在意識の領域)で依然として存在し続け、視野の範囲外から様々な影響を及ぼし続けます。その影響は、その要因を自我の領域内に取り戻す(つまり自覚する)まで止むことはありません。
そして、その影響とは先にも言ったとおり、必ず悪い影響なのです。何故なら、潜在意識に刷り込まれたのは、その人が目を逸らした、その人にとって都合の悪いものだからです。
都合のよい事実から目を逸らす人はいません。都合が悪く、苦痛なので目を逸らします。なので、潜在意識に刷り込まれている(抑圧されている)のは必ず、自覚したら耐え難い苦しみをもたらす、その人にとって都合の悪い「事実」だけなのです。都合のよい、心地よい、ポジティブなものが潜在意識に刷り込まれるなどということはありえません。
例えば、或る人が浮浪者のような汚い格好をして、悪臭をプンプン放ちながらレストランに入っていったとしましょう。当然追い出されます。しかし、自分がそのような汚い格好をしているという「事実」から目を逸らしている人は、何故追い出されたのかが分からず、人権迫害、差別だなどと怒り心頭となるでしょう。そして、その「事実」から目を背け続ける限り、この人は一生こういった”人権迫害、差別”に苦しみ続けます。
つまり、自分が浮浪者のような汚い格好をしているという、みじめさ、恥に耐え切れず、その「事実」から目を逸らせば、そんな格好でレストランに入っていけば追い出されるという当たり前の現実をも見失うことになります。この当たり前の現実のことを仏教では「道理」というそうです。
ですので、なにが開運に繋がるかといえば、自分にとって耐え難く、都合の悪い「事実」に目を向け、「道理」を知ることだと思うのです。
潜在意識は活用するものなどではなく、その悪影響をいかに減らしていくかという観点から見るべきものだと思うのです。
ただ、都合の悪い「事実」に目を向けるということ、これが簡単なようでなかなか難しいのです。目を逸らすということは、まさに無意識的にやっていることなので(つまり目を逸らしているということの自覚がないので)、努力とか決意(などの自我の力)で何とかなるものではないのです。
「事実」を背負うには、やはり何らかの運の様なものが必要となるように思います。
しかし、心が「その方向」に向いていなければ、運に出遭っても気付かずに通り過ぎていくだけです。
ですので、運とは何かといえば、その「事実」に耐えられない自分を、耐えられる自分にしてくれる何かと出遭えることだと思うのです。


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30代のおっさん。
過酷極まる俗世間から身を引き、美しい自然の中で一人で生きていける道を模索中です。

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